『ミュンヘン』

ミュンヘン スペシャル・エディション [DVD]
★★★★☆
この映画に向けられる批判として、「報復が報復を呼ぶ負の連鎖」というお題目が紋切り型で踏み込みが浅い、というものがあるかと思います。こうした指摘にはわたくしも頷かざるを得ないのですが、だからと言って映画全体を否定する気にはなれず、むしろ擁護したいと思うのです。

まず「負の連鎖イクナイ」というお題目は定型に過ぎないとは言え、最低限の政治的正しさを備えた主張で、例えば『ブラックホーク・ダウン』のような根本的に「危うい」映画とは異なるものです。「考察が足りない」と指弾することは出来ても、現代に生きる人間であればこれを「えせヒューマニズム」と一言の下に切り捨てることは困難でしょう。

その上で作り手は現実の、情勢的にも極めて微妙な事柄を「説教」ではなく、あくまでエンターテイメントの「アクション映画」として見せることに徹しています。観客を飽きさせないよう努力を惜しまず、敢えて「可愛いお嬢さんを爆破ミッションに巻き込んでしまう恍惚と不安」といったベタな挿話を挟むことも厭いません。

つまりは現実の世界に正面から向き合い、多くの観客に届くよう「物語」を構築すること。それが特別の賞賛に値することだろうか、当然のことでないの、といぶかしむ向きもあるでしょう。しかし特定の界隈に向けたメタファーお遊戯に淫するだけで「物語ること」を予め放棄した作品、例えば空き地に枯れ木を植えただけで「セカイの法則を回復せよ」などと語ってしまう手合に直面すると、この『ミュンヘン』の大衆映画としての誠実さこそを好ましく思うのです。