天気の子
パックランドでつかまえて。新海先生の強みと弱みがこれまで以上に出てている作品と思いました。
前作『君の名は。』への批判で一番ビックリしたのは「胸を揉むシーンがある!気持ち悪い!」という感想でした。新海先生が気持ち悪いのは間違いないのですが、先生の気持ち悪さってそんな表面的なとこじゃーないと思うのです。「栃木って行ったことあるか?」とか「お願いだから優しくしないで……」とか、ダイアローグに見えてその実モノローグ、他人と会話する気がない、どこまで行っても自分の話という観念肥大こそが気持ち悪く、また最高なのであって。そんな新海映画にすっかり飼いならされた人間からすると、『君の名は。』は自己愛モンスターぶりも控えめになり、ボーイミーツガールで世界を救うなんて話をド真ん中で描くようになりはって……と驚き感激したものです。
こうした変化は『言の葉の庭』辺りから始まり、かつてはKOKOUを気取り、触るもの皆傷つけた新海先生も、次第に調和的な作風に変じていったと捉えておりました。Z会のCMでもバイト仲間が受験生君を心配する描写があったりして、「あー新海先生も社会や他人をさらりと描くようになったんやなー」と感心した記憶があります。今作『天気の子』もおそらくその延長線上にあるエンタメプロレスで、最後は「愛してまーす」と唱和してメデタシめでたしのお話なのだろうなーと。恐ろしく呑気にも、そんなふうに考えていた時期が私にもありました。
以下ネタバレ。
続きを読む『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
★★★☆☆
青黄緑赤と怪獣毎にカラーリングされた神秘的なポスターや荘厳なBGMが流れる予告編から、何やら今回はスケールのデカい怪獣映画が見れそうだゾと期待をしていたのですが。実際、山頂に陣取った怪獣が咆哮し、迸る稲妻が空を染めるといった一枚絵としては大変カッコイイ場面が多々あるものの、終始平熱のままで鑑賞してしまいました。
好みの話に過ぎないし(まーいつだって好みの話だよ)、大日本プロレスの興行に来て「MMAを見せろ!」と言うている無体な客みたいなものかもしれませんが(でも言う)、自分が一番見たいのって、現実の空間に異物である怪獣が登場し、それにどう対応するのかというシミュレーション路線なんだよなーと改めて感じた次第。強いて今回の映画で言えば、一般人が酷い目にあう場面が相応に用意されたメキシコでのラドン登場の下りでしょうか。でも思い出してしまうのは『シン・ゴジラ』のタバ作戦、あの戦闘ヘリの斜め後ろからの映像。機関砲から発射された弾丸がわずかに放物線を描いてゴジラの頭部に吸い込まれていく。「これ、こういうのを見たかったんだよ!」と叫びそうになった瞬間。ああいうエクスタシー体験はこの『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』には終ぞ訪れなんだです。
以下、ネタバレ。
続きを読む『君の名は。』
★★★★☆
初日に見たのですが、劇場は高校生ぐらいと思しき若い子でいっぱい。コミカルなシーンではクスクスと笑い声、佳境に入ってからのシリアス展開ではスンスンと泣き声も聞こえてきて。映画が終わった時、横にいた二人組など興奮した面持ちで「ヤバいぐらい号泣したな(大意)」と口にしておりました。
まさか新海先生の映画が、このような大々的な没入エモ体験を巻き起こす日が来るとは……。思い出すのは前々作『星を追う子ども』のことで、あの時は劇場がどっちらけた空気に包まれる中、カップルの男性が「いや前作は良かったんだよ、本当だって!」と女性を必死になだめておりました。あのカップルは元気にしているでしょうか。麦わら帽子はどこにいったのでしょうか。余計な御世話ですね、はい。
その『星を追う子ども』の時点で(出来はともかくとして)ポエムからストーリー主導の劇映画路線に舵を切り、続く『言の葉の庭』という佳品をものにしていたとは言え、今回の『君の名は。』がここまで出来るようになっているとは思わず、嬉しい驚きでした。
以下、ネタバレ。
『シン・ゴジラ』
★★★★☆
わたくし、庵野先生がゴジラ映画を手掛けると聞き、これは事故物件確定ですぜフヒヒとほくそ笑んでおりました。きっとあれでっせ、構図とエフェクト描写だけキメキメでお話はおざなり。まーそれならそれで一向にかまわんウヒヒなどと思っておりました。
何故なら庵野先生って爆発描けば世界一の天才アニメーターだけれど、物語作家としては全く信頼が置けないと思っていたからです。それは予告編が公開され、どうやら今回のゴジラは震災をモチーフに、リアル志向のドラマをやろうとしていると推測される段階になっても変わらず。むしろ庵野先生、荷が重いんちゃいますの、そんなんこなせる能力ありますのと完全にナーメーテーター、侮っておりました。
以下、ネタバレ。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
★★★☆☆
唐突なヒールターン、「いいかオイ、ポカポカなんてねえんだよ!」と観客をアイアンフィンガーフロムヘルで急襲。と思っていたのだけれど……。
以下、ネタバレ。
アブラタニサン
- MMAあるいはプロレスのはなし。
- 「刺しに行く」発言など、自らハードルを上げてきた青木選手。わたくしこれまでウヒヒ的に面白がってきましたが、普通に勝って欲しいと思う。負けたら五味のUFCチャレンジに続きお通夜モードは必至…。
- 結局、試合はリアルタイムに見れなかったんですが、青木完敗だとか…うぐぅ…。
- そして昨日まで青木を応援していた人間がバリゾーゴンの嵐。プロスポーツとはそのようなもの…とは言え。
- 映画『レスラー』を思い出す。ランディは「俺を辞めさせることが出来るのは、お前たちファンだけだ」と言う。しかし喝采を送るのも罵倒を浴びせるのも同一のファンなのだ…。ファンは移ろい易く、時にファイターを応援し、時に非情なdisを浴びせかける。
- もちろんオイラもそんな身勝手でウヒヒなファンのひとりである。それで良いとも思っている。これからも歓声と罵声をセットに生きるのさ…。ただそのエゴくらいは自覚していたいとは思う。
- 映画のはなし。
- ゲームのはなし。
- 『ラブプラス』の新作情報読んだけど凄いなー。お泊りイベントとか、現実を浸食してやろうという、その意志に痺れるよ。暗転時にキモいおっさんの顔が映るバグは解消されたのだろうか。
- しかしどんなに時間同期イベントが増えたところで、彼女たちに触れることは出来ない。これは現実ではない…これは最強ではない…。その絶望、乖離ミノーグは増し、広がるばかりではないか。例えば、お泊りイベントと聞いて欣喜雀躍、DSを持ってリアルに旅立つ。しかし最終的に独りの夜を迎えた時、我々プレイヤーは越えられない壁に死にたくなること必定…!
- というような話を真剣に語ったところ、お前がこじらせすぎ、一般のユーザーはもっと気楽に遊んでるよ!と言われますた。そうだよねTK…うぐぅ。
- ときメモのようなパラメータ管理ギャルゲーからノベルゲーへの変遷はよく言われることだが、ここには一つの絶望があったのではないか。つまりギャルゲーによる擬似恋愛…これはどこまで言っても現実を書き換えることは出来ない…という。
- だからこそ我々はノベルゲーへ旅立った。疑似恋愛を諦め、読者としてただ物語に対峙することを選んだのだ。『ラブプラス』はギャルゲーからの復讐である。一度は夢☆勝ちを諦めた我々を再びドリームクラブへ誘おうというのだ…。
- 『GTA』でいつもは事故上等、パトカー相手にチェイスHQなのに、彼女とドライブする時は安全運転…というのは個人的に新しいギャルゲーと思った。あるいは『ガンパレードマーチ』で、同一空間にライバルキャラがいる時は仲良くしないとか…。箱庭空間を歩き回る自由度と複数人との関係性にあたらしいギャルゲーのかたちがあったりはしないか。
- あーだったら『The Sims』でもやればいいじゃん、という話なのか…。
- アニメのはなし。
- 漫画のはなし。
- その他