『レスラー』

Wrestler
★★★★☆
ハードコアなプオタの友人たちは、アレやコレやと不満を口にしていましたが、ぼかー十二分に良い映画だと思いましたよ。ひどく後ろ向きで甘い物語ですが、でもそれがいいんじゃないですかと。
以下、ネタバレ。
ミッキー・ローク演じるプロレスラー、ランディ・“ザ・ラム”・ロビンソン。彼の終盤の行動は、一見すると任侠映画のそれを思わせます。「アンタ行かんといて」と泣いて縋る藤純子を振り切って、殴り込みに行く高倉健。嗚呼、背中で吠えてる唐獅子牡丹!

しかし、健さんには背負って立つ「義」があったわけですが、ランディにはそんなものありやしません。利他的な健さんと違って、ランディがリングに向かう動機はあくまで利己的なものです。過去の栄光を忘れられない、今もなお喝采を浴びる舞台に立ちたい…。仕事は冴えない、実娘とも上手くいかない、そんな現実の辛苦に背を向け、刹那の快楽に身を委ねてしまう。控え目に言ってダメなひとです。

正しい人生設計としては、ランディはスーパーの惣菜屋で踏ん張るべきなのでしょう。ひとときの悦楽よりも、地味な努力こそが大切なんですよと。オッサンと呼ばれる年齢になった今、それは鑑賞者であるわたくしの実感でもあります。しかしねえ、一方で「そんなものクソ喰らえだ!」という気持ちもあるのです。「オレを誰だと思ってやがる!オレはアンダーソンじゃねえ!オレはネオだ!マトリックスの救世主なんだ!」と叫びたい。自分を特別な人間と思いたい。大きな声では言えませんが、この欲求はねえ、あります。いつだってあります。マイ・ダーリンです。

だからランディを単なる「ダメなひと」として突き放す気にはなれません。むしろ共感と憧れの眼差しで見てしまいます。ランディとオイラの違いは、オイラには輝けるリングなんて何処にもない、ということです。かつてスーパースターであったことなど一度もない。だからオイラは惣菜屋で踏ん張るしかない。それは分かってる、分かっているんだ。でもこういう映画を見る時ぐらいは、ランディになった気分でラムジャム決めさせて下さいよ、と思うのです。後ろ向きだけれども、許して下さいよ、口移しにメルヘン下さいよと。そう思うのです。うぐぅ