『皇国の守護者』#1〜9 佐藤大輔

皇国の守護者〈9〉皇旗はためくもとで (C・NOVELSファンタジア)
★★★★☆
漫画5巻のラストはいわゆる「男坂をのぼりつづけるぜ!」なのですが、投げっぱなしジャーマンには見えない、むしろ堂々たる幕引きにさえ感じられます。しかしもっと末永く楽しみたかった、続きが気になるのが人情というもの。それじゃー原作も読んじゃうか!というワケで読みました。小説1〜9巻まで。
以下、ネタバレ。
面白いなーと思うのは、このお話が架空の世界を舞台にしながら、現実の戦争の歴史を圧縮、再構成しているところです。例えば短期決戦主義から塹壕陣地による長期戦への転換。無電による大規模部隊の連携。航空機による爆撃、兵員の輸送。実際はン十年の期間をかけて実現したことが、ごく短いスパンで成し遂げられてゆきます。それも虚構の制度、技術、生物を用いることによって。これ純粋なファンタジーでも歴史小説でもない本作特有の魅力と思います。
一方で引っかかりを覚える箇所もあります。主人公である新城クンの造形です。小説における彼は敵対する相手はビタ一許さない、自覚的に覇道をゆく人物とされています。この性格が軍事や政治方面で披露されるのは別に構わないのですが、次第に下半身絡みでも発揮されるようになります。まずは敵国の姫様、クシャナ殿下を虜囚から手篭めにします。美貌の秘書官も愛人にしてハーレム生活をエンジョイ。その姉ともイッパツ決めます。極めつけに自身の義姉とも関係を持ちます。
一体どうなってんのと。特に義姉は、新城クンがこの世で唯一畏れ、崇める聖的な対象とされていた筈です。思うにこれ、作り手が自身の創作物に入れ込み過ぎてしまったのではないでしょうか。つまり先生は新城クンを通して義姉とヤりたくなってしまったのではないかと邪推するのです。トマス・ハリスレクター博士クラリスニャンニャンさせてしまったように。
漫画版の新城クンは、時に焦土作戦を命じる非情さを持ちながらも、根本的には善性の人物として描かれていたと思います。もしも連載が続いていれば、この性的暴れん坊天狗のエピソードはどのように扱われたのでしょうか。読みたかったような、むしろ今となっては読めないことが幸いのような気もします。