『虐殺器官』 伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
★★★★☆
今よりほんの少しだけ未来。先進国は個人認証の徹底と情報管理によりテロの抑止に成功していた。一方で興進国では内戦と紛争が頻発していた。騒乱の都度に扇動者として囁かれる謎の人物、ジョン・ポ−ル。アメリカ情報軍に所属するクラヴィス・シェパード大尉はジョン・ポ−ル追跡の命を受け、プラハへ飛ぶのだが…。
以下、ネタバレ。
ジョン・ポ−ルは周囲に憎悪を伝播させ虐殺を引き起こす、映画『CURE』の萩原聖人のような悪役として設定されています。通常の倫理の向こう側にいる超越者なわけですが、そんなポ−ルさんが主人公シェパード大尉に対面した時に以下のような台詞を口にします。

「好きだの嫌いだの、最初にそう言い出したのは誰なんだろうね。いまわれわれが話しているこのややこしいやり取りにしても、そんなシンプルな感情を、えらく遠まわしに表現しているにすぎないんじゃないか。美味しいとか、不快だとか、そういう原始的な感情を」

分かる人はまるっとお見通しでしょうが、これは『ときめきメモリアル』の主題歌からの引用ですよ。本書の中でもとりわけシリアスな場面で飛び出してきたものですから、引っ繰り返りましたわ。『メタルギアソリッド』においてサイコ・マンティスが「ときメモが好きなようだな」と口にした時以来の衝撃と言いましょうか。
こういうの、ハードな物語世界観を破壊しかねない危険球と思うのですが、ぼくは好きだなー。饒舌文体、ガジェット満載の近未来描写からニール・スティーヴンスンに例える声もあるようですが、スティーヴンスンと言えども『ときメモ』は挿入すまいて。他にも登場人物が戸田奈津子翻訳風に喋る場面もあります。自分が気付いていないだけで、他にもたぶん一杯あるんじゃないかと。ネタ元の一覧表がほしいかもだ。