離婚したおっさん向けロックの話題と、Wingerが教えてくれたこと

Demo Anthology

はじめに

  • 流行なんて二転三転するので、評論家でもない個人のリスナーは好きなもの、信じたものを聞けばええんですよ。世間的にクソダサ認定されたものが、自分にとって至上の価値あるものとして輝く……こともあります。
  • それを俺に教えてくれたのはWingerというバンドでした、という話です。

離婚したおっさん向けロック、という記事について

  • 最近話題になっていたEsquireのある記事。
  • www.esquire.com
  • 自分は英語ワカランので翻訳ツールで読んだだけですが、個人的にはめちゃくちゃイラっとくる内容でしたね……。
  • Oasisの再結成ライブに足を運び、ひと時の全能感を手に入れたけど、次の日になれば身体は痛い。自分たちは若者ではない、おじさんなんだ……という話に始まり、グランジ世代のバンドを懐かしむイベントにおいおいマジかよ勘弁してくれ、と書いています。
  • アメリカと自分の衰えを重ねたエッセイで、ノスタル爺商売やそれにしがみついてお懐古さんな自分を笑う諧謔的な内容、とも言えます。Foo fightersがRick Astleyをステージにあげて、往年のヒット曲"Never Gonna Give You Up"を歌ってもらい、一緒に爆笑みたいなノリ。ははは、おかしいよね。
  • しかし個々のバンドへの敬意がゼロ。比較級であげつらって終わってる、おっさん向けコンテンツとして嘲笑する。
    • 先月、新しい音楽ノスタルジアパーティーについてのメールを受け取り、そこで取り上げられるバンドの曲をざっと見てみた。Foo Fighters、いい。Audioslave、許容範囲。Papa Roach、ちょっと危ない。そして Staind、Disturbed、Trapt。……頼むからやめてくれ。

  • あのねえ、おっさんコンテンツ現場行くとおっさんだらけで自分もおっさんなこと痛感するのはそりゃあ、ありますよ。こないだAsiaのライブ見てきましたが、それはもう、ステージも客席も見事におっさんだらけでしたよ。しかしそれと提供されるものの品質は別ですよ。てめーがおっさんなだけで、個々のバンドを貶めてるんじゃねーよという憤りが湧いてですね……はあはあ。落ち着け。
  • 記事内で爆笑扱いのバンドだってそうです。例えばDisturbed、彼らは今も現役で優れた曲を書いてますよ。かつてのような重量リフ猛進路線からアコースティック基調に移行し、佳曲も多い。ま、まあ政治や思想的な問題はあるのだけれど、それはいったん置いて。
  • 記事にあるようなヘアメタルからグランジブームの終焉、いまのヨットロックの再評価から自分が受け取ったのは筆者とは逆の結論。音楽の流行、評価、なにがクールかなんてあとで流転する。評論家でもない素人のこっちは好きなものを好きに聞けばええんですよ。未だに世間的価値観に惑わされ、あれはOKだが、これは終わっている、そんな差異化ゲームで右往左往しているのかよ……お前たちはまだそんなことをしているのか、と言いたくなります。
  • 例えばJourneyとかそうですよ。自分でも記事書きましたけど、弩級のダサいバンド扱いされてもやってきて、カムバックした歴史があるんですよ。ま、まあバンドの内部、人間関係が崩壊してるのはさておき……(今回このパターン多くない?)。
  • ……ついカッとなって書きました。仕事しましょう。

ここで敢えて語りたいWingerという存在について

  • ここに世間的にはクソダサ枠、とっく終わった存在、しかし自分は敬愛するバンドがあります。それはWingerです。
  • 彼らは80年代末にデビューして、キラキラした外見、キャッチーな楽曲、MTVでの露出で人気を博しました。しかしやがて訪れたグランジブームの渦中でもっともダサいバンド扱いされることになります。
  • KORNの1998年の"All in the Family with Fred Durst"という曲にて、以下の歌詞があります。
    • All in the Family with Fred Durst (from Follow the Leader of Korn) | 音楽分析の記録
    • 自分をシンガーだと思ってるのか? お前はむしろジェリー・スプリンガーに近い お気に入りはウィンガーだ お前が食う物はジンガー(生姜)だけだ お前はフルーティーペブルスみたいだ お前は反逆したいだけなんだ お前は単に残念なゲイに過ぎない 低レベルのな

  • お前の母ちゃんデベソみたいノリで、お前が好きなバンドはWinger!これが悪口として成立していたわけです。
  • 他にも色々ありました。記憶で書きますが、MTV AwardsでWeezerが紹介される際に、司会が「Wで始まるバンドはロクなものがない。Wingerとか……ははは。でも彼等はちがうWeezer!」なんて調子で話していました。あんまりな扱いで、Weezerだって、そんな比較級は望まないと思うぜ……。
  • Wingerが最初に飛躍したのはぶっちゃけ見た目、特にボーカルのキップ・ウインガーが格好良かったからとは思うのですが。そうした外見を含めMTVのお陰で売れたとも言えるし、時代が変わってMTVに殺された、という見方もあると思います。"Video Killed the Video Star"とでも言いましょうか。
  • 冒頭のEsquireの記事はグランジ、ニューメタル勢の過剰に陰鬱なトーンは今となると遣りすぎ、過剰なポーズと嘲笑しているわけですが。当時は売れ線、軟派、チャラチャラしてる、それこそがむしろダサいみたいな扱いだったわけです。

村の内側からの批判、時代の空気

  • Wingerがきっついのは村の外、グランジ勢や広く音楽業界からの烙印に限らず、村の内部、HR/HM界隈でも終わっている扱いされたことです。
    • ウィンガー (バンド) - Wikipedia
    • 1992年に公開されたメタリカのドキュメンタリービデオの中で、ラーズ・ウルリッヒらがウィンガーをこき下ろす言動をし、さらにはキップのポスターを的にして「Kip Die!!」などとラーズらが叫びながらダーツをしているシーンなどが公開され、メタリカのファンから格好のバッシング、嫌がらせなどの標的にされてしまう。キップ自身やレブも、このメタリカからの揶揄、バッシングでモチベーションを大きく削がれ、解散の一因になったことを公言している。当時のスラッシュメタル、グルーヴメタル等を賛美していたMTVのアニメ作品、「ビーバス・アンド・バットヘッド」の劇中でも、「北米で一番SUCKS(ダサい)なバンド」と扱われ、主人公達がウィンガーのTシャツを着ている子供を虐めても、何の咎めも受けず正当化されるシーンなどが描写されるなど、バンドのマイナスイメージが独り歩きすることとなった。

  • さすがにMetallicaは後に謝罪したそうですが。Wingerに限らず、商業的なバンド全体を憎む傾向は、よりマイナーなサブジャンル、例えばスラッシュメタル界隈に明確にあったと思います。
    • ベイエリア・スラッシュメタル - Wikipedia
    • ギタリストのゲイリー・ホルトは、当時ヴォーカリストだったポール・バーロフと共にラットやモトリー・クルーのバンドTシャツを着ている人に近づき、ポケットナイフでそのTシャツを引き裂く(もちろん、着ている人の意思がどうであろうと関係ない)、ということをよくやっていたと述懐している。そして、残った布切れは自分たちの手首に「栄誉の証」として巻きつけていたとのことである[17]。

  • 今読むと、完全にどうかしているのですが、まーこれが時代の空気だったんですね……。
  • そんなスラッシュメタル勢もMetallicaを筆頭にブレイクし、アングラ文化ではなくなり、こうなると彼等も商業主義的だと批判する勢力が現れます。それが一部、ブラックメタルの思想だったという認識です。
  • まーなんと言いますか、プロレスで喩えるとジャイアント馬場をアントニオ猪木がショープロレスだと批判し、それを前田日明が突き上げ、さらに船木誠勝が否定するような展開。常に新旧は入れ替わり旗は流転するわけですね。

脱線:新日本プロレスにおける90年代ヤングライオンのありよう

  • 上述の軟派蔑視、本格派志向について。思えば90年代新日本プロレスのヤングライオンのありように近いものを感じます。インディレスラーにやたらと高圧的で、ハードヒットな試合で場合によっては怪我させる。今思えばプロパーが準委任で現場に来たBPをいたぶってるようなもので、めちゃくちゃたち悪い話やなーとか思うのですが。
  • 当時はとにかく舐められたらアカン、ノルドの男がすたるんやと武張ってナンボの時代だったんだよなとは思います。こう書いている自分だって、そういう新日本プロレスのイズムをそれでこそメジャー団体のプライドやとか思ってたんだよなあ……。
  • 脱線失礼しました。

名盤『Pull』による衝撃、自分の掌返し

  • なんて調子で俯瞰史(あくまで風)に書いてみましたが、実は自分もリアルタイムではWinger、当初はそんなに好きでもなかったんですね。友人に教えて貰ったのですが、商業的には成功した1st~2ndはなんかこう、ロックしてない!軟派!みたいな極めてイーカゲンな理由で軽く見ていました。なんだ、お前も大概やないかい。
  • それこそ当時はスラッシュ、デス、ブラックメタルのような過激さこそ本物、と言う真贋論争的世界観に浸かっていたので……。今はどちらも好きですよ。
  • 1st〜2nd、思うに当時は流行していたボー・ヒルによるプロデュースの問題だったのかも。感覚で書きますが、アルバム全体に音の帯域が狭くて窮屈な印象があります。前述したWingerがとにかく槍玉に挙げられたのも、イメージだけでなく、このオーバープロデュース、整理され過ぎた音像が生々しさに欠け、殊更に「ロック的ではない」と見なされたのかもね、とは思います。
  • 自分の中で評価が一変するのはグランジブームの只中、1993年に発売されたアルバム『Pull』です。ここでの彼等はこれまでのチャラ坊路線を捨てて、ぐっとシリアスな歌詞世界観、ヘヴィなギターリフ、土の匂い漂うブルースハープ等、硬派な路線変更を行います。ぼかー目から鱗、こんなええバンドやったんかーと掌を返し、当時はCDスリ切れる程に聞き、今でも愛聴版となっています。
  • そんな『Pull』収録の"Junkyard Dog (Tears on Stone)"。それまでの彼等からすると破格のヘヴィ寄り。ちょっとリフはAlice In Chains思わせるものがありますが、ちゃんとWinger流に換骨奪胎されたメロディアスなサビあり。後半、重く沈み込むような展開から、隙間の多いアコースティック・サウンドに移行する。捻りある展開がカッコイイ。
  • この時代、多くのHR/HMバンドがレーベル方針もあったのか、過去の音を捨てて中途半端にグランジ風にすり寄ったアルバムを作っては大コケしてはファンを失望させているのですが。Wingerのそれは従来の作法と時代の要請を折衷してみせた、極めて高度なものだったと思います。
  • そう、売れ線バンドというイメージから舐められがちなのですが、そもそもWingerは元来が全員確かな腕前を持つ職人的なミュージシャン揃いなのです。特にドラムのロッド・モーゲンスタインはスティーヴ・モーズ率いるサザン・ロック~フュージョンバンド、Dixie Dregsでの活動で知られています。
  • www.youtube.com
  • ヘアメタルの一群として分類されることありますが、実態はHR界のTOTOとでも言うべき存在ではないかと思っています。1st~2nd時代でも"Headed For A Heartbreak"や"Rainbow In The Rose"等、凝った構成の曲あり、ちょっとプログレハード味あります。StyxやKansasの系譜にあるバンド、と捉えるのが実態に近いのかもしれません。

解散~どっこいしぶとく生きていた

  • しかしアルバム『Pull』は売上的には成功には至らず、これを最後にバンドは解散。中心人物のキップ・ウインガーはソロ活動に専念します。
  • キップのソロはWingerを更に渋くしたようなサウンドで、こちらも素晴らしい。ほんのり映画サントラのようなスケール感すらありますが、実際にキップは後に映画音楽作家の道へ進みます。
  • バンドとしてのWingerは終焉、悲しいけど、これ現実なのよね……と思うところですが、どっこい彼等はしぶとかった。2001年に再結成し、ツアーだけでなく定期的にアルバムを制作して活動を続けます。特に2009年のアルバム『Karma』は『Pull』とはまた異なる躍動感溢れる名盤と思います。90年代にはうしろゆびさされ組だった彼等が、その後もキャリアを続けて、良いアルバム届けてくれていること、素敵やんと思います。在り来たりな言葉ですが、継続は力なり。
  • こちらは2023年のアルバムから、シングルに選ばれた"It All Comes Back Around"。

2023年の来日公演、見た目はすっかりオッサンになっていたものの

  • 近年でも来日公演を行っています。自分も足を運ぶことできました。以下は当時のざっくりした記録です。
  • 渋谷ストリームホールにてWingerのライブへ。初めて行くので道が分からずMyGOとなり焦りましたが、なんのことはない駅直通していました……。
  • 19時ぴったり開演。当たり前ですがみなさん見た目老けてる。ギターのレブとか、かつての美青年ぶりは何処へ、レミー・キルミスターみたいないかついおっさんに。何故か最高齢の鉄人ドラマー、ロッド(70歳!)が一番若々しく見えます。
  • キップは高音苦しいのか、レブに任せる場面も多く見えました。でも演奏はさすがのタイトさ。レブのソロからバンド演奏での"Black Magic"、名盤3rdの『Pull』から"Junkyard Dog"を披露する流れが個人的ハイライトでした。
  • 35周年銘打ってるからか初期曲中心で新譜含め再始動後の曲はちょんろり、シングル"It All Comes Back Around"さえやらんのかい!とか欲を言えばきりがないのだけれど。
  • でも自分が冴えない思春期の頃に聞いていたヒーローたちが、歳を経て今やすっかりオッサンの見た目にはなったけれど、演奏は現役バリバリ、若々しくあるというのはやはり嬉しいもので。湿っぽい曲じゃないのに"Junkyard Dog"にはグッときて、正直ちょっと感極まりそうになりましたよ。

しかし2025年お別れの時、引退詐欺でも構わないのですが

  • これからも末永く活動してくださいと思っていたのですが、2025年の来日ではラストツアーと謳われていました。以下は当時のざっくりした記録です。
  • 2023年のライブがめちゃ良かったので、こんな短い期間で見れるとはーと喜んでいたら最後の来日?下衆な自分はこれチケット売るためのプロモータの売り文句ちゃいますのとか勘繰っていたのだけれど、雑誌BURRN! 2025年4月号にてキップのインタビュー読むと本当のホントのトーンでした。
  • キップは映画音楽やクラシックの作曲家としてのキャリアを進めるため、バンドは解散しないもののツアーは終了したいとのこと。歌い続けるための喉を維持することも年々困難になってきたと語っていました。
  • 複雑だけど、これはもう止むを得ないちゅうか。最後となるライブは万難廃して行きたい。4/1なので社畜にはかなり厳しい日取りだけれども……。
  • 六本木シアターにてWinger見に行ってきました。今回も演奏、歌ともに安定していて、なんの心配もなく楽しめるライブでした。キップはツアーから引退すると宣言しているとは思えぬシャウト(前回よりも声出てた)、ピックを投げる姿一つとってもスタア感あって、つくづく華のあるフロントマンやなあと。
  • やっぱり1~2ndの曲が盛り上がるのだけれど、自分としてはやはり名盤『Pull』から"No Man's Land"、"Blind Revolution Mad"等が聴けたのが嬉しかったですね。
  • ただこれが見れるのも最後か……という観客(=おれ)の気持ちとは裏腹に、フェアウェルツアーと謳いながら悲壮感は皆無で、アンコール含め爽やかに終わってしまい、終演後に若干モヤモヤしてしまったのも事実。要は寂しくなっちまったという……。
  • あのー大仁田よろしく引退詐欺で戻ってくるパターンありますが、当方それでも全く構わないというのが本音ではあります。

さいごに

  • 長々書いてきましたが、世間的にはとっくに終わったバンド、クソダサ枠のWingerは今でも自分にとっては大切な存在です。あー、好きの対象が世間でどういう認知されているのか、という外部理解は必要とは思いますが、それはそれとして、好きなものは好きで自由に聞いたったらええんですよ。これマジで。
  • 以下の曲は2009年の名盤『Karma』より珠玉のパワ-バラード、"Witness"。キップは上記の雑誌インタビューにて、盟友のギタリスト、レブ・ビーチを評してこんな風に語っていました。ヌーノ・ベッテンコートは誰もが知っている天才ギタリスト。でも彼ほど知られていないかもしれないけれど、レブはそれに負けない才能を持っている。"Witness"における彼のトーンコントロール、感情表現は素晴らしいと。
  • そういうことです、編集長。