Hiatus Kaiyoteライブ感想、補足。事前の予習期間中の連想ゲーム、予測ズレの快楽について。

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はじめに

他のライブ体験からの連想ゲーム

  • ライブで体験する気持ち良さの何割かは予測とそのズレなのではないかしら……という想像を以下に綴ります。
  • リズムや演奏だけでなく、歌だって勿論そうで、「口から音源」みたいな賞賛スラングありますが、本当に音源通りで完全に正確だとしたら、感心はするけれど、実はそんなに面白くないのでは。記憶にある音の鳴り方をなぞるようで、微妙に違う、そのことに生で聞いているという実感と感激、そして興奮が生まれるのではないかと。
  • 坂道シリーズ等のアイドルを生歌ではないのにライブなにが楽しいねんとか腐す向きありますが、足繫く現場に通う友人からすると「ちゃうねん、見所はダンスやねん」と。ダンスという一回性の娯楽、やはりこれも予測と予測ズレの快楽が発生していると言えるのかもしれません。じゃあ大規模会場ライブでアイドルは豆粒大、ダンスも判別できない状態の場合、何が楽しねんと問われると、それはズバリ応援。可視性のなくなったダンスの代わりに観客の応援がグルーヴを発生させていると。
  • これは自分にも分かる話で、例えば コロナ期の虹ヶ咲の無観客配信ライブとか、有難い話だったけれど、今見ると多幸感が不足しているように感じる。何故なら観客の応援グルーヴが欠落しているから。
  • あーぶっちゃけ、幸福な関係ばかりでなく、オタク現場では観客の応援が演者のパフォーマンス、グルーヴを阻害することも間々あるんですが、それはまたややこしくなるので、別の機会にしましょう(改めて書くのそれ?)
  • 2020年以降にライブ行くようになったので、めちゃニワカですがfox capture planのファンになって、たぶんそれは彼等の音楽が(自分にとって丁度よい)予測と予測ズレ体験があるからなのではと思っています。ライブで聞く度に少しずつ違って聞こえる。正確性と揺らぎが気持ち良いんではないかなー。Key担当メルテンさんのキャラクターが面白過ぎる、という理由もあります。

過去ネタの再振り返り

  • 更なる思い出しです。なんども擦って恐縮ですが、ハンス・ジマーさんの"Time"がああも情動を動かすのも、予測ズレによるところ大きいのかも。
    • www.youtube.com
    • 冒頭のピアノモチーフが一定のリズムで繰り返される→予測可能な構造として認識。
    • ストリングスが徐々に重なっていく→しかし重なり方が予測しきれない、あとこの曲が今、山の何合目なのか不明確(地図の喪失)。
    • クライマックスで急激に音の引き算が行われ、カットアウトで途切れるように終わる→呆然となるおれ。
  • 澤野弘之さんのSawano Drop、サビ前の静寂、音圧低下も予測の報酬系を完全利用していると言えるのでは。静寂の瞬間に次の爆発をリスナーは予測している。何ならサビよりも静寂こそが気持ちええまであります。

わたしが予測できないハーコーなプログレ話

  • どんどん余談が続いて、そろそろ呆れられそうですが、も少しだけお付き合いを。
  • アバンギャルド系のプログレの皆さんいらっしゃるじゃーないですか。極端なので言うとMAGMAとか、あとカンタベリー系とかクラウトロックとか。
  • なんかここら辺を分かると通っぽい!出た通っぽい言葉!とか思いながら、ぼかーことごとくよく分からないんですよね……。たぶん初心者の自分には予測不可能性が高すぎるんだと思う。AKIRAにおける金田のバイクの・ようなもの。ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ、という。
  • ハーコーなプログレファンが堕落として叩く(であろう)後期EL&Pとかの方が余裕で楽しめます。
  • 初期Pink Floydでも、いまいちどう楽しめば良いか分からない時期ありました。ある時、お風呂場で流していると気持ちよくなってきて、あーこれはあれか、予測すると言うより、ぼんやり夢心地で聞くと気持ち良くなるんだなと。完全に余談ですねはい。

さいごに

  • 思えばこの頃は無邪気にはしゃいでいたんだな……。こうして振り返ってみると、死んだメディアの予習をいくらしようと、当たり前ですがやはりライブ、人間という生モノは予測不可能ということですね……。いい勉強になったと思うしかありません。次の現場でリベンジしてやるからな!

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